読書記録(2022年10月):椿井文書/馬部隆弘など

2022-10-31

 読書記録を再開してから結局また2ヶ月も間が空いてしまった。書くのをさぼっていたのではなく、全然本を読んでいなかっただけだ。コロナ禍になって通勤が減ったせいで本でも読もうか……という時間がない。でも、何となく最近は意識して本を読む時間を作ろうと思い始めている。読書の秋だし。暇な時間はけっこうたくさんあるし。

椿井文書―日本最大級の偽文書/馬部隆弘


 「椿井文書」とは江戸時代後期に現在の滋賀県南部に暮らしていた椿井政隆なる人物によって書かれた偽文書のことだ。主に寺社仏閣に関する由緒について書かれたものが多いそうで、この本ではそんな「椿井文書」が書かれた背景や目的、内容や作成の手法、そしてそれらがもたらした影響について細かく説明されている。

 フェイクニュースは現代に特有の社会問題ではない。我々の社会では大昔から大事も小事も「歴史修正」が繰り返されてきたのだと改めて気付かされる。

 この本を読みながらそんなことを考えていたら、宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」に書かれていた一節を思い出した。うろ覚えなのだが内容は確か「100年前の人々のことを知るためには、100年前にあったことを知るのではなく、100年前の人々がこうだと考えていた歴史を知るのが一番だ」というようなものだったと記憶している。

 嘘が書かれているからと言って椿井文書に歴史史料としても価値がないわけではない。そういう偽史が生まれてきた背景にこそ、その時代を知る大きな手がかりがある。ただしそのためには「これは偽文書だ」と知る必要があり「本当にあったことだ」と騙されてしまってはいけない。

 椿井文書は必ずしもそういう扱いを受けていない点に多くの問題を抱えている、と筆者は切々と書いている。それは椿井政隆など当時の人々の問題ではなく、私たち現代人が抱える問題なのだ。
 

黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続/宮部みゆき


 「三島屋変調百物語」シリーズの第6巻ということだが、確かこのシリーズは途中まで読んだ記憶がある。大まかな設定は覚えているが何巻まで読んだのか?どんな内容だったか詳細は思い出せない。だったらむしろ何巻か間が飛んでいても良いだろうということで、とにかく既読ではないはずの最新刊を買ってみた。

 このシリーズはもちろん時代物であり、物語中で物語が語られるという二重構造であり、そしてファンタジーでもある。あるいはSFと言っても良いかもしれない。そんな贅沢かつ何重にも複雑に設定が入り組んだお話だ。だがその複雑な空想上の世界に、宮部みゆき氏の筆力であっという間に引き込まれ、グイグイと押し切られる。

 深い霧に沈んだ謎の御殿に閉じ込められた甚三郎やお秋とともに、ひたすら途方に暮れてしまう。「めでたしめでたし」な落ちは期待できない。江戸市井の人情や生活感、失われてしまった古き良き時代の空気を描いているようでいて、実は人間の欲や業の深さがこれでもかとえぐり出される、わりと救いのない物語だ。

 そうそう、こういうのが読みたかった。綺麗にまとまるだけの「いい話」ではもはや満足できなくなっている。どうやってもNHKのドラマにはならなさそうなところが良い(もしかしたらなるかも知れないけれど)。
 

バレエ・メカニック/津原泰水


 何というか、この本についてはまともな感想を書くことが出来ない。感想を書けるだけの言葉も人生経験も持ち合わせていない、という感じだ。今まで読んだ津原作品の中では特に異色で間違いなくもっとも難解だ。だが一方でもっとも「らしい」と言える作品なのかも知れない。

 それでもなんとか意味をつかんで世界観を自分の頭の中に構築していったが、第3章「午後の幽霊」でその想像力が追い付かず振り切られてしまった。

 しかし意味が分からないのに読み進められるというのはどういうことなのか? 文章が美しいから? 全体像は分からないけれども隙間に見え隠れする世界観が美しいから? 分からない。

 分からないのだけどとても読後感はよい。頭の中が完全に掻き回され、混沌とした世界を漂ったあとの爽快感とでも言うべきか。本を読みながら夢を見ていたかのような気分だ。内容を解釈する必要は多分ないのだろう。

 こんな世界観を文字に落とし込める、美しい文章で綴ることが出来る人を本当に尊敬する。しかし残念ながら津原泰水さんは去る10月2日に亡くなってしまった。本当に残念だ。

 彼の代表作のひとつ「五色の舟」が以下WEBサイトで無料公開されている。これを初めて読んだときの衝撃が忘れられない。短編なのに非常に重厚でとても美しい物語だ。


 

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