だいたい2ヶ月に1回程度の頻度になってしまった読書記録エントリーだが、読むのも書くのもこのくらいが無理なくて良いペースだと思う。この春は今まであまり読み慣れないものを読んでみた。しかしそれで頭が疲れ、心がかき乱されてしまった気がしたので、いつも読み慣れている娯楽時代小説を読んでリセットもしくは中和した、といった感じだ。
芽むしり仔撃ち/大江健三郎
3月に大江健三郎氏が亡くなったというニュースが流れてきた。ノーベル文学賞を受賞した大作家でありながら、ここまでその作品に触れるという機会がなかったな、と改めて気がついたので、いくつか読んでみようと思い立ち、何となく選んだのがこの作品だ。
いや、何となくというのは本当はウソで、インターネットでいくつか感想や書評を見て、これは少年たちのサバイバル生活を題材にした小説である、という点に大いに興味を惹かれたというのが真実だ。それはもしかして大江健三郎版の「蝿の王」なのではないか?と。そしてその直感はほとんど正しかったと思う。
大人たちから完全に隔離され、開放されて自由になった中で、少年たちが作り上げる新たなる社会とはどんなものなのか? そこは本当に自由なのか? 狩りをして得た獲物を焼き、その炎とともに燃え上がった陶酔は幻と消え、狂気へと転じて急速に崩壊していく。この物語の中で祭りの生贄とされたのは鹿なのか?弟なのか?犬なのか?あるいは脱走兵なのか?
仲間や同志、あるいは人間社会というものはかくも醜く脆いもので、所詮人間は一人きりなのだと訴えかけてくる結末に、なんと救いのない物語かと暗澹たる気持ちになる。しかし一方で闇の中を逃げていく「僕」の後ろ姿に、そこにもきっと「未来」はあるという一筋の希望を感じる。
今まで自分が読んできた娯楽小説とは大きく雰囲気が異なり、頭の中の違う部分が刺激されとても疲れる。でも何か心にザワザワするものがあって不快ではない。これは若いうちに読むべきだったと思いつつ、同時に今からでも遅くないとも思っている。これを機に他の作品を読んでみようと思う。
流人道中記/浅田次郎
浅田次郎節が冴え渡る幕末ものの文庫化最新作だ。浅田次郎氏の書く時代物小説と言えば、新撰組を扱った三部作「壬生義士伝」「輪違屋糸里」「一刀斎夢録」は特に有名だが、それ以外にも「一路」や「黒書院の六兵衛」や「大名倒産」など数多くあり、それらはすべて幕末の武士を題材にしている。そしてほぼすべて既読だ。
新撰組三部作は当然実在の人物と史実を扱っているが、当然ながら浅田次郎氏なりの脚色というか解釈というか想像が含まれていて、それこそが小説としての柱になっている。しかし、それ以外の幕末もの作品は時代背景という意味での史実は踏まえながらも、登場人物や出来事はすべてフィクションとして書かれている。だからどうと言うことではない。と言うより、その分浅田節が冴え渡っていると言っても良いかもしれない。
今作は青山玄蕃という謎の旗本が、婿入りしたばかりの若い町方与力とともに、江戸から北に蝦夷松前を目指して旅をする物語だ。その背景は訳ありすぎて決して愉快なものではないが、その辺は読んでいくに従って明らかになっていく。
折しも今冬に雪の松前城を訪れたところだが、幕末とは言え江戸から徒歩で向かう北の最果ての地、松前がいかに遠い場所であったのか、苦難の道中にその旅情がむしろたっぷりと感じられる。
現代なら飛行機に乗れば半日で松前までいけるし、車で走っても丸1日あれば青森までは行けるだろう。それでもあれだけ遠い地に、300年も前から城下町があり江戸幕藩体制の一部だったのだ、と言うことに改めて驚きとロマンを感じる。
「近くなった」というのは、移動速度が上がったが故の錯覚に過ぎず、季候も違えば歴史も風土も文化も違う。700kmの距離は今も昔も変わらない。
三島屋変調百物語/宮部みゆき
この「三島屋変調百物語」シリーズについては、これまでに第1巻から第3巻までを10年以上前に、第6巻を昨年に読んでいる。基本的に一話ずつの読み切りで完結する独立した話になっているので、途中巻を飛ばしたからと話を楽しむ上で特に問題はない。
かと言って各話のエピソードとは別に、全体を通して背景に流れていく大枠の物語がないかと言えばそんなこともない。ということで飛ばしてしまった第3巻と4巻も念のため読んでおくことにした。百物語はすべて聞いておかなくてはならないことだし。
そう思い直したのには実は別のきっかけがある。というのも、いつの間にか宮部みゆき作品のKindle版が出ていたのだ。すべてではない、と言うよりむしろKindle版があるのはごく一部の旧作だけだ。作者の意向なのか各出版社とAmazonの間の大人の事情なのか、比較的最近まで宮部みゆき作品は一つも電子書籍化されていなかったと理解していたのだが、それは最新作ばかり見ていたせいだろうか。
ともかく、この「三島屋変調百物語」シリーズは第5巻まではKindleで読むことが出来るに気がついたので、つい未読巻を買ってしまった。手にして読み始めてしまえばとまらなくなるし、読み終えたらなんで今まで読んでいなかったのか?と思うほど面白い。
特に印象深くて気に入ったのは、第4巻「三鬼」の第4話「おくらさま」と、第5巻「あやかし草紙」の第2話「だんまり姫」だ。この二つは三島屋で語られる変調百物語の中でもとても対照的な二話となっている。つまり、かたや恐ろしく救いがない悲劇で、もう片方は心温まるハッピーエンドないい話だ。
このシリーズはすでに第8巻まで出ているのだが、まだ第7巻も文庫化されていないしKindle版もない。いつか出るのだろうか?
何となく単行本を買うほどではないのだが、続きが早く読みたい気がしている。どうしたものか……。それよりも、宮部みゆき作品で言えば「きたきた捕物帖」こそ早く続きが読みたいのだが、宮部みゆきさんはシリーズものに関しては比較的筆が遅い感じなので、まだ1年くらい待たされるのだろう。