十数年前にブログを書き始めた頃のひとつの大きな目的は読書記録だった。そもそもこのブログの名前からして大好きな小説のタイトルをもじってつけたものなのだ(→参考)。
ただ、これまで書いた読書記録は、素人の感想文レベルなのは当然として、それどころかあらすじまで書いてしまう小学生の感想文みたいなものだった上に、書くのにものすごく骨が折れるようになってしまい、ある時からすっぱり止めてしまった。
けれどもまた何となく読んだ本については記録しておきたい欲が出てきたので、続くかどうか分からないけど書いておくことにした。続きやすいように感想は最小限に抑える。
なお読む本の分野としては、ほとんどは小説で、それも多くは時代物の小説というのはこの20年くらいずっと変わっていない。ごくたまにドキュメンタリーを読むかも知れないが、”意識の高い”本はほぼ読まない。
東京四次元紀行/小田嶋隆
コラムニストであった小田嶋隆氏の初の小説であり遺作となってしまった一冊。彼はこの本が出版された直後の6月末に亡くなってしまった。
この本は東京23区のあちこちをを舞台にした短編小説集となっている。小説、つまりはフィクションの物語だとしても、小田嶋氏独特のクドいようでいながら流れるような読みやすい文体は健在で、ところどころフィクションなのか自身の伝記なのか、あるいは身近な誰かのことを書いたノンフィクション混じりなのか曖昧であり、物語自体もなんのまとまりもなく混沌としているところがむしろ良い。
いい話でも美しい話でもどんでん返しがあるわけでもない。むしろその逆でどちらかと言うと薄暗く淡々とした物語ばかりだ。自分が知っている時代とは少しずれているし、登場人物達とは住む世界も違っていそうだが、東京の馴染みのある土地を舞台にしているというだけで、どこか懐かしさを感じてしまう。
こんなに面白いくも美しい文章を書ける人が、亡くなってしまったなんて本当に残念でならない。
きたきた捕物帖/宮部みゆき
宮部みゆき氏による最新の時代小説シリーズもの。たまたま第一巻が文庫化されていたのを本屋の店先で見つけて読み始めた。そして第二巻「子宝船」も文庫化されていないけれども買って読んでしまった。
第一巻の最初にいきなり親分が亡くなってしまい面食らったが、なるほどこんな捕物帖もアリなのかと、そのアイディアの巧みさはさすがとしか言いようがない。登場人物達の人間模様の描き方はさることながら、捕物帖のミステリーとしての側面も抜かりなくとても面白い。
そして自分にとってこの本を楽しむ重要なキーもまた地名だ。何しろ出てくる地名がすべて馴染みがあるものばかりなのだ。北さんが走り回る町名、通り筋、橋や川の名前など、すべて今住んでいるこの現代の深川に通じている。「猿江稲荷」といえばつい数年前までうち捨てられ、荒れ果てていたあのお稲荷さんだとすぐに分かる。ところどころが欠けたあの狐像は、もしかしたら北さんがいた時代からあったものかも知れない。もちろん登場人物はみなフィクションなんだけど、そう思いたくなる。
これはこの小説に限らず江戸深川を舞台にした市井もの小説はたくさんあるのだが、宮部みゆき氏自身はまさに深川の出身でもあり現在も居住している(はずだ)。その地元に対する愛情と誇りが、何気ない描写の中に表れている。
あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇/髙田郁
「みをつくし料理帖」に続く髙田郁氏による文庫書き下ろしのシリーズ。コロナ禍で本当に家に閉じこもっていた時期に知人に教えてもらい、既刊をAmazonで大人買いし読み始めた。「みをつくし料理帖」同様に大阪(当時は大坂)出身の女性が主人公で、ストーリーは相当にファンタジーでありながら、その時代背景はしっかりと時代考証がされているところが良い。
江戸や大坂の商家がどうやって商売をしていたのか? 衣食はどうだったのか? 社会や風俗の仕組みなどなど、そういった豆知識というか、知識としては役には立たないけれども、知っていると人生を豊かにしてくれそうな教養を得ることができる。どんな時代小説でも多かれ少なかれそういった面があるのだが、このシリーズはそのフィクションとノンフィクションの濃度がどちらもとても濃いのに、とても良く両者が混ざり合っている。
さて、十三巻目となる今作でいきなりこのシリーズは完結をしてしまった。予想していなかったのでビックリした。読み終わったところでなんとなく無理やり終わらせたような感じが拭いきれない。すべての伏線は回収しきっていないような気もする。今後スピンアウト版が何冊か出るようなのでそっちにも期待したい。