Twitterで「ホンダのF1は繰り返される撤退の歴史だ」とつぶやいてる人がいた。まさにその通りだと思う。何しろこれで4回目の撤退なのだ。結局またやめちゃうのかよ…と、本当にウンザリする。
今年のF1は他のスポーツイベントと同様にコロナ渦の影響を受けている。3月の開幕戦がドタバタの末中止になって以降、3ヶ月半にわたってレースは行えなかった。7月から無観客でレースは再開されたが、カレンダーは大幅に変更され、今週末開催予定だった日本GPも中止となってしまった。
2019年/ Tro Rosso HONDA SRT14/ Pierre Gasly
そんな中、ここへきてホンダが2021年シーズンをもってF1から撤退すると発表して、F1ファンの間に衝撃が走っている。
F1撤退を発表するこのプレスリリースは、いつになくとても饒舌だ。この長い文章の行間に後ろめたさが滲み出ているように思えるのは、気のせいだろうか?
カーボンニュートラルを目指すのはとても結構なことだ。ホンダに限らずあらゆる自動車メーカーが考えていることだろう。でも、それF1となんの関係があるのだろう? なぜ両立しないのうか? インディや他のカテゴリーのモータースポーツはどうなのか? 疑問はいくらでも湧いてくる。
2017年/ McLaren HONDA MCL32/ Fernando Alonso
世間には誤解もあるかもしれないが、F1が大排気量のV12エンジンをぶん回して走っていたのは30年前のことだ。その後時代とともにF1エンジンは小さくなり、燃費制限が加わるようになり、2014年以降は、2種類のエネルギー回生機構とバッテリーとモーターと1.6Lの小さなターボエンジンを組み合わせた、とても高効率で現代的なハイブリッド・パワーユニットを使用している。
それでも1000馬力を闇雲にアスファルトに刻みつけて走っていた30年前のマシンより、鈴鹿サーキットの周回で10秒近く速くなっている。まさに技術の進歩そのものだ。
2016年/ McLaren HONDA MP4-31/ Fernando Alonso
モータースポーツの分野でいち早くエネルギー回生によるハイブリッド・パワーユニットを導入するF1の方針にホンダは共感を示し、未来の自動車技術開発に貢献するためと言って4度目の参戦をしたのではなかったのか?
レギュレーションはこの先もどんどん変化し、いずれはF1も100%電動化されることだろう。もちろん問題がないわけではない。でも参戦している限りはF1に影響力を及ぼすことが可能であり、カーボンニュートラルな社会とF1を両立させる当事者になる覚悟があったのではなかったのか?
こう言うと青臭い理想論に聞こえるかもしれない。でも理想なくしてF1のようなモータースポーツは成り立たない。レース文化とかDNAというのはそう言うものだ。
2015年/ McLaren HONDA MP4-30 / Jenson Button
マクラーレンと組んで4度目の参戦を果たすと聞いたとき、我々日本のファンは幾分楽観視していた。エンジンに関してはホンダにはピカイチの実績と技術がある。エネルギー回生を含むハイブリッド機構だって、すでに市販車に搭載してるのだから得意分野と言えるだろうと思っていた。
しかし結果はご存じの通りだ。致命的なパワー不足と信頼性不足に喘ぐことになる。エンジン自体もダメなら、ハイブリッド機構もガタガタだった。
2016年/ McLaren HONDA MP4-31/ Jenson Button
7年ぶりのホンダ凱旋となった2015年の日本GPで象徴的な事件が起こる。予選も振るわず下位グリッドからスタートしたアロンソとバトンが駆る2台のマクラーレン・ホンダは、エネルギー回生の能力不足によりモーターブーストを失いがちで、ライバル達に易々とオーバーテイクされてしまう。
レースにならないことに苛立ったフェルナンド・アロンソは「こんなのはF1じゃない!GP2のエンジンだ!」と、無線で全世界に向けて絶叫したのだ。この言葉は鈴鹿に恭しく並んだホンダのお偉いさん達の耳にどう聞こえただろうか。エンジニア達はどう思っただろうか?
2018年/ Tro Rosso HONDA SRT13/ Pierre Gasly
これを機にアロンソとホンダの関係は悪化の一途をたどる。でもアロンソが言ったことは本当のことだったのだ。本当のことであると同時にアロンソ流のパフォーマンスの一部だった。象徴的な場所と効果的なタイミングで、全世界の人が無線を聞いていることを分かった上での告発の決め台詞だった。
参戦初期の成績が散々だった理由は色々あるだろう。単純な技術力やノウハウだけの問題ではない。F1には相変わらず政治もついてまわるし、どんな優れた技術もオペレーションを間違うと真価は発揮できない。ドライバーだって重要な責任の一端を担っているのだ。そういう意味でマクラーレンとは上手くいかなかった。
2019年/ Rednull HONDA RB15/ Max Verstappen
マクラーレンとのすったもんだの別れ話の末、トロロッソと出直すことになったのが2018年。2019年からはいよいよ3強の一角を占めるレッドブルとも手を組み、フェルスタッペンというスタードライバーを抱えることになった。
このジョイントは成功し、信頼性とスピードを取り戻したホンダは、ルノーとフェラーリを抜き去り、メルセデスまであともう一歩というところまでやってきた。2019年のオーストリアGP終盤でフェルスタッペンに飛んだ無線指令「エンジンモード11、ポジション5に入れろ!」は今思い出すだけでも痺れる。
「GP2エンジン!」とアロンソに罵倒されてから約4年が経過していたが、あれは遅まきながら本格復活、第四期スタートの号令だったのだ。
>2017年/ McLaren HONDA MCL32/ FStoffel Vandoorne
チャンピオン獲得にはまだ何かが足りない。でも去年は3勝し今年はすでに2勝している。そして未来は明るい。レッドブルとの関係もよく、フェルスタッペンという若きエースドライバーもいる。久々の日本人F1ドライバーまでデビューできそうなところまで来ており、思い描いていた成功への道筋は完全に整った。
と、誰の目から見てもそう見えていたのに! …肝心のホンダ自身を除いて。
2018年/ Tro Rosso HONDA SRT13/ Pierre Gasly
ちょっと景気が良くなって余裕が出てくると「モータースポーツはホンダのDNA」などと浮ついたこと言って、F1のイメージを利用するために華々しく参戦してみせる。しかし、結果が思ったように出ず、業績が悪化して先行きに不安が増してくると、癇癪を起こして真っ先に切ってしまうのがF1だ。
F1を切ることでコスト削減をした気になり、口うるさい株主への生贄として捧げる。ただのマッチポンプではないか。それこそが「ホンダのDNA」なのではないのか?
2015年/ McLaren HONDA MP4-30 / Fernando Alonso
と、ここまで辛辣なことを書いてきたが、頭のどこかでは「今時F1なんかやってる場合じゃない」という判断は理性では理解できる。市販車の電動化への潮流に乗り遅れないことは会社の存亡がかかっている。そのためには一円でも惜しい。F1はやらなくても会社は(すぐには)傾かない。むしろやらない方がいい。
しかしホンダというブランドイメージ、…いや、ホンダの「レーシングDNA」には少なからず傷がついてしまった。一時代を築いた”Powered by HONDA”の栄光は遠い過去の古いおとぎ話となり、最新鋭ハイブリッドの時代はメルセデスに勝てないままで諦めてしまうのだから仕方がない。
V12エンジンがかつて奏でていた美しいホンダミュージックの記憶は、アロンソが叫ぶ「GP2エンジン!」の声で上書きされてしまった。
それを取り返すにはあと残り1年しかない。
※ 写真は2015〜2019年のF1日本GPで私自身が撮影してきたものです。