先日発売になったばかりのZマウントの新レンズ NIKKOR Z 35mm f/1.4 を買った。このレンズはZマウント黎明期からラインナップされている NIKKOR Z 35mmf/1.8 S の上位となる…… わけではない。むしろその逆で光学性能に徹底的にこだわったSラインのf/1.8に対し、開放f値で上回りながらもコーティングやガラス材などにそれほど高級なものを使用せず、性能的な面も含めてそこそこに抑えた廉価版的な位置づけのレンズとなるようだ。
前提として、個人的な好みのなかで標準レンズとして一番好きな画角が35mmなのだ。28mmはスマホカメラやGR IIIなどでよく使ってはいるものの、ちょっと広すぎると感じることが多い。50mmは好きだが「標準レンズ」としていつでもどこでも使うには狭すぎる。最近流行の40mmも良いのだけど非常に難しい。35mmが一番自然に使える気がする。
なのでロードマップで唯一実現されていなかった 35mmf/1.2 S を本当はずっと待ち望んでいたのだけど、期待も予想もしていなかったこのレンズの登場に、逆に興味を持って思わずポチッと予約ボタンを押していた。巨大で重くて高価だけど描写は最高のF1.2もいいけれど、軽量コンパクトでそれなりに安価で味のある描写性能をもつF1.4も良いかもしれない。
予約して発売日入手した NIKKOR Z 35mm f/1.4
安価とはいっても実売価格は94,000円ほどだった。マップカメラにプールしてあるポイントで全額支払ったので実質無料みたいに感じている。
予約を入れて発売日に無事に届いたわけだが、このレンズは話題にはなったものの特に争奪戦になるほどではなく、発売後数週間が経過した今現在でもだいたいどこでも在庫がある。いつでも思い立ったら買えるというのはとても良い。
Z8に取り付けてみるとこんな感じだ。長さはフードなしで86.5mm、最大径は74.5mm、フィルター径は62mmで重量は415gと、小さくはないが大きくもないという絶妙なところ。見た目も大柄なZ8には釣り合っていて、昔懐かしい標準域の単焦点レンズという風合いがある。カバンにも収めやすい。
そう、これはもしかしたら昔ながらの50mmf/1.4のような、安くて何の変哲もないごく普通のレンズという立ち位置なのだろう。どこか懐かしい収まりの良さを感じる。
最近のレンズ、特にZマウントの純正レンズは巨大で重量級のものか、かなり割り切った撒き餌レンズばかりが目立っていて、Z8との組み合わせでこんなにしっくりくるレンズは他にはないと思えてくる。
光学系は9群11枚で非球面レンズも2枚使われているが、EDレンズなど特殊分散系のガラス材は使われていないし、コーティングもSICと呼ばれる、今どきの普通のマルチコートのみで、アルネオコートとかそういう高級コーティングもされていない。それは良いとして、保護フィルターを付けない派としては前玉にフッ素コーティングがされていないのだけは少し残念だ。
なお前玉前面は凹形状になっていることに加え、F1.4という明るさの割りにそれほど前玉径は大きくない一方で、後玉はマウント径いっぱいと表現して差し支えない程度に大きいところは、いかにも現代のミラーレス用設計のレンズだ。
鏡胴はとてもシンプルで、大きなピントリングとコントロールリングが別に付いている。AF/MF切り替えも含めてスイッチ類は一切ないし、ディスプレイや距離指標的なものもない。AFはマルティフォーカスシステムを採用しているらしいが、もちろん完全なバイワイヤ方式のレンズなので使用感としてその辺は全く関わりがない。
今のところコントロールリングは絞りに割り当てているのだが、よく言われるようにニコンのコントロールリングは絞りリングとしては非常に使いにくい。回転トルクはそこそこ強くてヌメッとした感触はあるのだが、絞り操作にしては回転角が小さすぎるのとクリック感がないことで、結局ボディ側のダイヤルで絞りを操作することがほとんどだ。
なお最小絞りはF16までとなっている。それもまた開放F1.4のレンズらしくて良い。いや、実仕様上はF22位まで絞れた方が良いのだけど。
実写してみる
さて、何はともあれ実写してみよう。描写性能については事前にかなりレビューが出ていて、Zマウントらしいギリギリまで収差を抑えたガチガチの解像番長…… ではないらしい。むしろその逆でクラシック風味が味わえるとのことなので、その辺忘れないように心して撮ってみた。
開放F1.4で木槿と紫陽花を撮ってみた。わりと近距離撮影なので背景や前景は盛大にボケる。35mmという焦点距離も相まってか、ピント面からボケへのつながりがリニアできれいだと思う。その代わりキレはない。「柔らかい描写」という由縁はこの辺なのだろうか。
それはまるでクラシックレンズみたいというのとは違って、最新設計技術で意図して作り込まれた柔らかさのようだ(それが好きか嫌いかは個人の好み次第だ)。
まだ少ししか使っていないので断言できないが、前ボケはあまり綺麗ではない…… 気がする。ついでに言えば後ボケも微妙な感じになることがあって、得意不得意なシーンがありそうだ。
多分被写体との距離関係とボケ量の問題なのだろうとは思う。F1.4と言っても35mmなので何もかもトロトロに溶けるということは少ない。何がどのくらいボケているのかしっかり意識して絞りを選ぶ必要がある。
F2.8あたりまで絞るといろいろと落ち着くが、それなら大三元ズームでも良くない?ということになるとかならないとか。間を取ってF2あたりが一番バランス良いのではないか?という意見もあって、その通りではないかと思う。開放が最高画質であとは回折ボケしていくだけという味気ないレンズとは大違いで、絞りを選ぶ意図が問われていろいろ楽しい。
少し距離を置いた被写体で敢えてF1.4で撮ると、広角らしい遠近感の中でふんわり周辺がボケる感じは、比較的大サイズセンサーと大口径の単焦点レンズの組み合わせらしい絵となるのでとても好きだ。寄って開けてとにかくボカすだけのレンズではない。
AFはごく普通だ(と思う)。35mmでそれほどシビアな速度が必要な場面は動き回る子どもを撮るときくらいかもしれないが、Z8との組み合わせなら多分問題ない。
このアゲハチョウは止まっているところを撮ろうとしたら急に飛び立ってとっさにシャッター切ったのだが、一応追いかけてくれている。ただしガチピンではないがF1.4でこの距離と思えば(ニコンとしては)頑張った方ではないだろうか。
絞ってしまえば何も起こらない。隅々までビシッと普通に良く写る現代のレンズらしさが出てくる。素晴らしい。
歪みは多分デジタル補正されているのだろうと思うが、全く感じることがない。あと周辺減光が大きいというレビューを時々見かけるが、個人的にはあまり実感がなくて良く分からない。こんなものではないだろうか?というか、これより激しく減光するレンズは他にいっぱいあったし、気になるならLightroomで簡単に補正が出来る程度に素性の良い減光だと思う。
というか、むしろもっと減光してくれたら味わい深くてよりいいのに、と思うこともある。それしたければLightroomでビネットかければいいのだが、やはり光学的な減光の方が質が高いのではないか?と期待してしまう。
開放付近で柔らかい描写というのは、昔のレンズのように球面収差による滲みが……みたいな単純なものではなく、綿密に計算され作り込まれたものなのだろう。なんというか、光学ローパスフィルターがかかっているかのような穏やかな感じだ。
描写の上での明確な欠点と言えばハイライトの縁に出る軸上色収差によるフリンジだ。これは現代のレンズとは思えないほど出る瞬間がある。これも意図して作り込まれたものだろうか?だとしたらそこだけは理解できない。気にならないときは全く気にならないのだが、出るときは盛大に出るので注意しなくてはならない。
ということで、使い始めてから2週間ほどだがけっこう気に入っている。やはり大口径単焦点レンズは正義で、フルサイズセンサーなりの立体感というかボケ量のコントロール範囲の広さを生かすことができるところが良い。
これまでZ8の標準レンズとして使ってきた NIKKOR Z 24-120mm f/4 S があまりにも便利で優秀でソツがなさ過ぎて飽きが来ていたところなので、新たにこのレンズをZ8につけっぱなしにして、自分的キットレンズとしてしばらく遊べるのではないかと思う。