尿素SCRシステムが故障したPEUGEOT 308SWはまだ戻ってきていない。クルマは生活必需品として使っているわけではないので、入庫の際にいつもは代車を借りたりはしないのだが、今回はちょっといろいろな事情があったので無理を言って代車を用意してもらった。
そして原工房さんが「ガタピシしてるけどちゃんと走るから」と言って貸してくれた代車は、約18年モノの206SWだった。うん、懐かしい。実は206にはあまり乗ったことはないのだけど、x06世代で育った一人としてとても親しみを覚えるとともに懐かしさを感じる。
206と言えばそのスタイリングが特徴的だ。丸っこいフォルムに吊り目のライト、そしてボンネットにネコ科の生き物の爪痕をモチーフにしたと思われる空気取り入れ口がある。ターボチャージャーのインタークーラー… ではない。ただのエアコンの外気取入口だ。個人的にこの部分が一番好きだ。
そしてその辺の構造が災いしたのか、21世紀初頭の世界戦略車でありながら右ハンドル化に大きな支障を来していた。実際ワイパーは左ハンドル仕様のままで雨の日の視界はひどく悪かったりする。
しかし、そんなことはお構いなしに206シリーズは日本でもよく売れた。2000年代前半は特に一大ブームだったと言っても良い。街中でもやたらに206を見かけたものだ。
さて、代車となった206は標準のハッチバックではなく、リアのオーバーハングを延ばしたワゴンタイプのSWだ。ボディカラーはチャイナブルー。これ、超良い色だった。
エンジンは1.6LのDOHCを積んでいるが、207以降で使われているBMWの手が入ったEPエンジンではない。世代の古い純PEUGEOT製のTUエンジンだ。EPよりTUのほうが好きだというマニアは少なくないだろう。
ワゴンと言っても全長はわずか4030mm、幅も1675mmしかないのでいわゆる5ナンバーサイズに収まっている。現代の基準で見るとかなり小さなクルマだなと感じる。特に308SWと比べるとものすごく小さい。自宅の車庫に入れてそのスカスカぶりに驚いた。
15インチの小さなホイールに55プロファイルの分厚いタイヤも懐かしい。本来、普通の乗用車はこのくらいのタイヤで十分なはずだ。306なんて14インチに65プロファイルだった。308の18インチの40プロファイルなんて狂気の沙汰としか思えない。ちなみにこの代車はもう相当に溝がすり減ったスタッドレスを履いていた。
PEUGEOTのx06世代のクルマはリアサスペンションにトーションバー&トレーリングアーム式を採用していた。この形式のサスペンションは今はもうほぼ絶滅している。何かが現代のクルマとしての要請に合わないのだろう。しかしこの変な構造のリアサスが「猫足」と言われる乗り心地と、広大なラゲッジスペースを生んでいた。
しかし首都高などでカーブの途中の目地を通過すると、リアだけアウト側にすっ飛んだりしたものだ。その挙動はリアサスの形式のせいとは言い切れないが、この時代のPEUGEOTはそういうクルマだった。あの横っ飛びした瞬間の冷や汗が吹き出る感覚も懐かしい。
この代車の206SWを走らせた当初の正直な感想は「これはひどい!」というものだった。ボディはユルユルで路面からの振動はゴツゴツと伝わってきて乗り心地はすこぶる悪い。そしてロードノイズが容赦なく響いてうるさいことこの上ない。ステアリングはとても重たくて運転していると腕が疲れてくる。真っ直ぐ走るけどどうも神経質な挙動も感じる。
ATはAL4という純フランス製のユニットで、以前乗っていた306や207SWでも使われていたおなじみのものだが、シフトショックの雑さは相変わらずだ。そして2速で引っ張り気味な反面、3速に入るとちょっとしたことですぐにトルクが不足して、ガコンとまた2速にシフトダウンして… と繰り返したりもする。
んー、これはひどい。そうか、20年前のクルマとはこんな感じだったのか。306には美しい思い出しかないけれど、今乗ると同じように感じるのかも知れない。いや、306の方がもっと古くさいはずだ。
ちなみに昔話をすると、約20年前に初めてPEUGEOTディーラー(当時は”BLUE LION”と呼んでいた)に行って試乗したのは、1.4リットルSOHCエンジンを積んだハッチバックの206だった。そう、その時は206を買う気満々だったのだ。しかしその後ついでに乗せてもらった306のほうが断然気に入ってしまい、結局306を買ってしまった。306と比べると206はどことなく新しすぎたのだ。フロントウィンドウが大きくて大きなクルマを運転しているかのようだったし、走りも重厚で車格に対して違和感を感じた。306の方が感覚が掴みやすくヒラヒラと軽快で走らせていて楽しいし安心出来ると思ったのだ。
しかしそんな206に今乗ると、なんと小さくて軽くてあけすけで古くさいクルマだろう、と感じてしまうわけで、時間の流れは容赦ない。
この206SWはすでに12万キロ以上走っている。もはや代車としての余生を終えたら廃車にされるのかも知れない。だから「ガタピシしている」と言うとおり、相当にやれているのは事実だから、新車だった時代の206とはもはや全然違うのだろう。
そんなことを思い出しながらガタピシしたこの206SWを走らせていると、あるとき「コレはひどい」と感じていたものが「これは楽しい!」に変わっていた。
ATなれども小さなガソリンエンジンをブンブン回して走る感覚はとても痛快だ。腕と足が路面とつながってるかのようにダイレクトに路面のゴツゴツ感が伝わってくるのも分かりやすくて良い。深いバスタブの底に座ってるかのような最近のクルマとは違って、頑丈な車体に守られている感はない。ぶつかったら痛そうと思いながら慎重に走らせていると、そのうち窓もドアも屋根もあるのに風を受けている感じがしてくる。バイワイヤではないからアクセルペダルは踏めば間髪を入れずに反応する。古い鋳鉄ブロックのTUエンジンは、むしろとてもしなやかに回るように感じられて頼もしい。
とにかくすべてが新鮮で「楽しい」のだ。いや「面白い」と言った方が当たっているかもしれない。
だが、それは多分306へのノスタルジーに過ぎない。あれは良いクルマだったな、と。実際良いクルマだったのは間違いない。
だからといって今から306や206に戻ることは出来ない。仮に新車で買えたとしてももう戻れない。当たり前だがやはり技術の進歩には勝てないのだ。人は楽をすることに抵抗できない生き物だ。
走ると面白い206だが、乗る前の段階ではどうやってドアロックを解除するのか一瞬悩み、やっとドアを開けて乗り込んだら今度はエンジンをどうやってかけるのか戸惑っていることに気がつく。スマートキーじゃないことがこんなに煩わしいなんて知らなかった。
だから、このまましばらくガタピシした206の走りを楽しんだ後、すっかり直った308SWが戻ったときに「うん、やっぱり308最高!最新こそ最良!」と思うに違いない。
そうじゃないと困ってしまう。