PENTAX K-1 が発表されてから10年が経過した

2026-02-15

 今から約10年前、2016年2月18日にPENTAX K-1が正式に発表された。実機は直後に開催されたCP+2016で一般公開され、さらに3月にはファンミーティングも開催され、デモ機に触れることができた記憶がある。

 そして実際に発売が開始されたのは、発表から約2か月後の2016年4月28日金曜日のことだった。東京にはしとしとと雨が降っていて、有休を取って荷物が届くのを待っていたことをよく覚えている。

 それから10年経過した2026年現在もまだ、マイナーチェンジ版のK-1 Mark IIが”一応”現行品としてPENTAXの製品リストに残っていることを、まずは素直にお祝いしたい。

PENTAX K-1改 と K-1 Mark II SE

 自分は今ではすっかりNikon Zマウントへ移行してしまい、ここ2年ほどまともにPENTAX K-1 / K-1 Mark IIを使っていないのだが、この写真にある2台と10本ほどのKマウントレンズは手放さず、防湿庫の奥で動態保存してある。

 黒いボディは、10年前の発売日に手に入れたK-1初期ロットで、その後アップグレードサービスによってK-1 Mark II相当に改造されたものだ(いわゆるK-1改)。銀のボディは2020年に突如発売されたK-1 Mark II Silver Editionで、それ以降はこちらをメインに使っていた。

 思い出をいちいち語るときりがないので、ここでは10年にちなんで、これまでK-1/K-1 Mark IIで撮影してきた膨大な写真の中から10枚を選ぶことで振り返りとしたい。

※ なお、ここではあえてK-1とK-1 Mark IIを別のカメラとして扱わない。今となっては、この2台を区別することにほとんど意味はないと思う(個人の意見)。従って表記揺れなどはあまり気にしないで欲しい。

K-1の10枚/10年

 10枚を選ぶためにLightroom Classicの過去カタログを掘り起こしてみたのだが、本当に雑多で多様な用途に使ってきたことを改めて実感する。ある意味ニッチな用途のフルサイズ一眼レフカメラではあったが、その気になれば何でもこなせるオールラウンダーだったし、実は今でもそうなのだと思う。今や出番がほとんどなくなったのは、その「気力」が使う側になくなっただけなのだろう。

 その多様な能力を代表するそれぞれ違いのはっきりした10枚を選びたかったのだが、見栄えや記憶に残っていることを重視すると、どうしても“映え”寄りの風景写真が多くなってしまったかもしれない。

 でもそれこそが、この10年の自分にとっての写真趣味であり、K-1との趣味生活を象徴しているという点でも間違いないのだろうと思う。

F1日本GP2016 フェラーリ/キミ・ライコネン

 まず最初はこれ。2016年10月に鈴鹿で開催されたF1日本GP。レンズはK-1を見越して事前に手に入れてあったDFA150-450mmだ。

 それにしてもK-1でF1を撮っていたなんて! 今では自分でも信じられないが、実のところそれほど苦労した記憶もない。あんなに連写が遅く、バッファ解放も遅いのに。

 中でも一番うまく決まったのがこの一枚。フェラーリSF16-Hを駆るキミ・ライコネンのマシンが2コーナーにさしかかるところを、決勝でBスタンド上部から撮った。流し撮りで1/100秒なんて大したことはないと思うが、自分にとってはこれがギリギリの限界だったと思う。
 

福島の紅葉

 2016年の紅葉。福島県の裏磐梯まで日帰りで出かけたときに撮った。K-1ボディとともに購入したDFA15-30mm F2.8をとても気に入ってよく使っていた。

 出目金の巨大なレンズだが、超広角こそフルサイズの醍醐味だと思っていた(今どきはスマホにも超広角カメラが内蔵されているのだが)。大きさも重さも気にせず、あちこちへ持ち出していた。

 また、これはK-1以前も以後も含めたほぼすべてのPENTAX機の特徴だが、デフォルトのカスタムイメージ「鮮やか」の発色は本当に鮮やかだ。赤系は飽和しているのではないかと思うくらい(なので欠点だと指摘する人もいるし、それはそれで正しい)。

 この頃はまだJPEG中心で撮っていたらしく、このカットもNASの奥から掘り出した画像はPEFでもDNGでもなくJPGだけだった。それでも今見ても古さを感じない…… どころか今風かも?と感じなくもない。
 

オホーツク海と知床連山と北浜駅

 2017年の冬には知床まで流氷を見に行った。オホーツク海に面した北浜駅で列車がやってくるのを待って過ごした時間をよく覚えている。

 流氷こそ接岸していなかったが、よく晴れた日で新雪もそこそこあり、知床連山もきれいに見えた。そんな中、わずか一両編成のディーゼル車が時刻表どおりにやってきた。乗客はまばらで、この駅で乗降する人はいなかったと思う。

 この旅は1泊2日と短かったが、とても内容の濃いものだった。真冬の知床の空気と景色の記憶は、K-1で撮った写真とともに深く心に刻まれている。
 

大洗磯前神社の鳥居

 茨城県の海沿い、大洗磯前神社の海上鳥居と月。Exifによれば撮影日は2018年5月の深夜。月齢や月の出の時刻、周辺状況や駐車場の位置などを調べて出かけた。この頃はまだ、そういうことをする気力も体力も十分にあった。

 現地では肉眼ではほとんど何も見えなかった気がする。写真的には現地へ行けば誰でも撮れるレベルかもしれないが、長時間露光で背面液晶に浮かび上がるポストビューに歓喜したものだ。

 ちなみにこのとき撮ったこの鳥居の写真は、他のカットも含めてときどきに使用許諾の依頼が来る。最近も某全国放送のゴールデンタイム番組でイメージカットとして使われたことを、ここでK-1 10周年にかこつけて自慢しておきたい。
 

羽田空港の夕焼けと富士山

 K-1/K-1 IIでは大好きな飛行機写真もたくさん撮った。旅客機だけでなく一時期は百里基地や横田基地、厚木基地などにも出かけていた。そんな飛行機写真の中から一枚選ぼうと思ったのだが、悩んだ末に結局は飛行機そのものよりも、こうした空港風景のカットを選んでしまった。

 羽田空港第一ターミナルの展望台は、富士山の展望スポットとしても有名だ。手前には第三ターミナル(当時は国際線ターミナルと呼ばれていた)とエプロン上の飛行機、奥には川崎駅周辺のビル群が見通せる。さらに大山や静岡県側の裾野が宝永山含めて綺麗に見えるのがポイントだ。

 日時と天候がぴったり合えばダイヤモンド富士も狙えるし、一時期よく通っていたことを思い出す。飛行機写真そのものはその後Nikon D500やPENTAX K-3 Mark IIIなどで狙うようになったが、富士山のためにK-1を持ち出していた。
 

屋久島 白谷雲水峡

 2019年はあちこ飛行機に乗って旅をしていた。これは屋久島に訪れて早朝に白谷雲水峡をハイキングしたときに撮った一枚だ。

 諸説あるようだがここは「もののけ姫」の世界観の元となった森ではないかと言われている。確かにそんな雰囲気で、屋久杉の巨木や巨石が苔に覆われた、何とも言えない空間だった。屋久島はいつもそうだが、この日は雨が降っており、あちこちたっぷりと濡れていた。

 K-1/K-1 IIは防塵防滴性能も高く、そういう天候でも安心して使うことができる。この日も三脚などを持っていたわけではなく、このカットは濡れた岩の上にカメラを置き、タオルや手持ちのもので慎重にアングルを固定し、セルフタイマーでスローシャッターを切ったものだ。

 「一眼レフ機である」だけでなく、あのグニャグニャ動く液晶と相まってとても機動力が高く、いろいろな状況や撮り方に柔軟に対応できるカメラだ。それこそが自分がK-1/K-1 IIをとても好きになり信頼できた大きな理由でもある。
 

東京駅の南側ドーム

 東京駅のドーム。この写真自体はありふれたものだと思うが思い出深い一枚だ。これもDFA15-30mm F2.8を使い、ほとんど床にカメラを置くようにしてスローシャッターを切った。とはいえ、通行人の邪魔にならないように、スナップ的にササッと撮ったと思う。しかし今あらためて見ると、人混みの駅でローアングルにカメラを構えるのはとても良くないことだと思うのだが、そこは昔のこととしてご容赦いただきたい。

 この一枚が思い出深いのは、2019年の9月末、PENTAXの100周年記念イベントの一環として東京で開催されたいくつかの写真撮影ワークショップ的なやつで撮ったものだからだ。東京駅フォトグラファーの佐々木直樹さんから、東京駅の歴史や撮影ポイントをいろいろと教わりながら撮影し、最後にリコー本社に移動してから講評を受けた。3枚くらい提出したうちの一枚が、このカットだったと思う。

 そしてその夜は、PENTAX100周年を祝う立食パーティが開かれ、後にK-3 Mark IIIとなるカメラのモックアップ(あるいは初期試作機)の外観が披露されるという一大イベントもあった。

 周囲は初対面の人ばかりだったが、全員がPENTAXユーザーという共通点があった。もうあんなことは二度とないのだろうと思うと、とても思い出深い。
 

美ら海水族館の大水槽

 沖縄の観光ガイドでよく目にする、美ら海水族館の大水槽。何でもない写真だし、今ならスマホでも十分撮れるかもしれない。しかし今はもうジンベエザメは1頭しかいない。

 このときは2頭が同時に目の前に並ぶ瞬間をひたすら待ち、大水槽の前でかなりの時間を費やした。同行者には相当ひんしゅくを買ったことを覚えている。写真趣味を持つ人間と一緒に旅に出ることを嫌がられる由縁だが、このときはどうしてもこの絵が撮りたくなり、かなりわがままを言って譲らなかったものだ。

 沖縄に少しずつハマりかけていた時期で、K-1を持って何度も出かけたなと思い出す。美ら海水族館にはこのとき以来行っていないし、本部半島はじめ本島北部にはまだ行っていない場所がまだたくさんある。某テーマパークも早めに体験しておいた方がいいのかもしれない……。
 

モモさん

 長い付き合いの友人宅のワンコの最高の笑顔。2020年の秋に淡路島にドライブに出かけ、きれいな花畑の中で撮った。おやつで気を引いたりなどはせず、本当に自然にこういう状態になった一瞬を慌てて撮ったものだ。

 もちろんK-1/K-1 IIには顔認識も瞳認識も動物認識もないので、人や動物の撮影にはそれなりの作法というかテクニックを要する。そういう感覚や経験は、何でも自動認識して即座にピントを合わせてくれる最新のミラーレスを使うようになった今でも、どこかで役に立っていると信じたい。
 

紋別のカニ爪のオブジェとプジョー308SW

 2022年初夏、大洗からフェリーに乗り、自分の車で北海道へ約1週間のドライブの旅に出かけた。この時すでにZマウントもそろえ始めていたが、色々考えた末に、使い慣れたK-1 Mark IIを持って行った。車移動なので大きさも重さも気にする必要もなく、レンズもいろいろと持ち出した。

 道東を中心に各地を巡ったが、この旅を象徴する一枚を選ぶとなると、この紋別のカニ爪のオブジェ前で撮った記念写真になる。何でもない写真だが、自分にとってはとても大きな意味があり、いつまでも見ていられる一枚だ。こんな遠くまで308で行ったんだな…… と。また行きたい。

これからの10年

 2022年夏の北海道ドライブ旅以降、K-1/K-1 IIをメインで使うことはほとんどなくなり、使用頻度は激減した。その後もK-1/K-1 IIで撮った写真は、あるにはあるのだが、敢えて引っ張り出してきてここで使うほどの思い出や思い入れのあるものはない。なので「10枚/10年」と言いながら、実質「10枚/6年」となってしまった。

 つい数日前にも改めてK-1改を少し持ち出して使ってみたのだが、何というかノスタルジーを感じるほどでもなく、かといって光学ファインダーにすごく感動を覚えるわけでもなく、使いやすさを再発見するということもなく、ただただ普通に使えてしまう。これは貶しているわけではなく、K-1/K-1 IIの完成度の高さというか、今でも自分の手に深く馴染んでいることの証しだと思っている。

 唯一レスポンスの遅さにイラッとしたのだが、それは今だから感じたことではなく、昔からもよく言われていたっけ、と思いだした。K-3 Mark IIIが登場したとき、その洗練された機能や性能に感激し、「このままフルサイズ化したみたいなK-1 Mark IIIが欲しい!」と夢見たものだ。

 でも、それはもうないだろう。さらに言えばK-1 Mark IIが現行製品リストから明日消えたとしても、それほど驚きはない。

 そもそも2026年になってもK-1 Mark IIが現行製品としてサポートが継続されていること自体、10年前には想像もしていなかったことだ。そして10年前に手にしたK-1が今も手元にあり、普通に動いて写真が撮れる状態にある。その事実を受け入れ、噛みしめるしかない。
 


 このエントリーは約10年前、K-1を手にして1ヶ月ほど経った頃に書いたものだ。かなりハイテンションな文章で今読み直すとちょっとアレなのだが、それはさておき、このエントリーの最後に書いた漠然とした不安な伏線は、正確な意味ではちょっと違ったかもしれないが、おおむねそのまま回収されたんだな、と今は納得している。


 

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