遙かなる日本最南端の有人島「波照間島」に呼ばれていた

2023-11-30

 いつの頃からだったか正確には思い出せないのだが、ここ数年の間ずっと、どうしても波照間島へ一度行ってみなくてはならないと頭の片隅に引っかかっていた。そこへ何をしに行くのか?何を見に行くのか?と問われても、はっきりと答えることは出来ない。とにかく行かなくてはならないと、いつの間にか思い込んでしまった。それはつまり「呼ばれている」の状態だったのだろうと思う。

 羽田から石垣島まで飛行機でひとっ飛びして、あとは石垣港から高速船に乗って1時間半で波照間島に上陸することが出来るわけで、実際に行ってみると意外に「あっけないな」とさえ感じたくらいだ。しかしながらそこは東京からほぼ2,000km。日本最南端の有人島、最果ての島だ。

 石垣島や西表島周辺の浅い珊瑚礁の海を離れ、外海を行く波照間島行きの船は欠航率も高いし、運航されたとしてもひどく揺れると聞く。しかしこの日は快晴で風もなく波も比較的穏やかだった。やはり「オレは呼ばれていたのだ」と一人で勝手に納得して念願の波照間島へ上陸した。
 

波照間島のレンタルサイクル

 良く晴れた青空の下、11月とは思えない明るい太陽の日差しを浴び、レンタルした電動自転車をスイスイと走らせながら、日本最南端の小さな離島の風情を噛みしめる。

 そう、やっぱりここに来た理由なんかない。目的なんかない。この空気を吸ってこの景色を眺めるだけで、ここまでやってきた甲斐はある。
 

ニシ浜とペー浜

 まずは「波照間ブルー」が有名なビーチへ行ってみる。

ニシ浜への入り口

波照間の真っ白な砂浜と海 

 島の北西部にあるニシ浜とペー浜は、見たことないような真っ白な砂浜で、海水も見たことないような透明度だった。その色は沖縄本島とも石垣島のビーチとも違う、ひときわ煌びやかで明るいブルーだ。天気が良かったおかげもあるが、まさに写真で見たとおりであり、想像以上の美しさにしばし見とれてしまう。こんな綺麗な海を見たのは初めてだ。
 

波照間の海

波照間の砂浜に咲く朝顔のような花

 泳ぐための準備は何もしてこなかったが、そのまま海に入りたくなった。理性とのせめぎ合いの結果、そのまま膝下まで海に入ってみることにした。靴も靴下も濡れてしまったけれど、少しも不快ではないしむしろ気持ちよい。それに波照間に降り注ぐ太陽と吹き抜ける風がすぐに乾かしてくれるだろう。

さとうきび畑

青空とさとうきび畑

 ビーチを後にして南へ向かう。道の両側はだいたいさとうきび畑になっていて、旅行者にとってはスマホの地図がなければどこにいるのか分からなくなる。けれどもそれでもかまわない。目的地などあるようでないも同然だ。
 

さとうきび畑から海に抜ける一本道

さとうきび畑

 さとうきびは夏に植えて翌年の年末から収穫の時期を迎えるそうだ。だから11月下旬のこの時期に大きく育っているさとうきびは、まもなく刈り取りを迎えるのだろう。それとは別にまだ背が低い畑も多くあったが、それらは今年植えたのだろうか。

 さとうきびが風に揺れる音を「ざわわ」と表現していいのかどうかは分からない。むしろ音もなくゆっくりと揺れていた。周囲にはさとうきび畑以外何もないし誰もいない。自転車の車輪とチェーンがまわるカラカラという音の方がやけに耳に残った。

日本最南端

 波照間島の北緯は約24.1度。「日本最南端」と表現する場合にはたいてい「有人島として」とか「自由到達可能な」とか前提条件がつくのだが、実際のところ日本領土の中で波照間島よりも南にあるのは沖ノ鳥島だけだ。硫黄島や南鳥島よりも緯度は低い。

日本最南端の自動販売機

 日本最南端の自動販売機。畑の中の舗装もされていないような細い道が交わる交差点に忽然と置かれている。ここが日本最南端であることも含めて、その様子はほとんど現代アートのような光景だ。

 記念にこの自動販売機で沖縄限定のファンタパインを買ってみた。170円也。輸送費やメンテナンス費を考えたら激安なのではないかと思える。ここには波照間を訪れた観光客のほとんどは必ず立ち寄るはずで、意外に儲かっているのかもしれない。
 

日本最南端の碑 日本最南端平和の碑

日本最南端の碑

 島の南側、高那崎と呼ばれるゴツゴツした石灰岩の台地にいろいろな「日本最南端の碑」が密集して建っている。それぞれ設置者や年代や意味づけが違うようだ。位置的にここが島の南端と言うことではないのだが、事実上の「日本最南端の島の最南端」という扱いになっている。
 

波照間島のほぼ最南端

 高那崎がそうだったように島の南側は琉球石灰岩質の岩場となっていて、海辺に簡単に出られる場所はほとんどないのだが、一カ所だけ海へ抜ける小道を見つけた。ここが「ほぼ日本最南端の島の最南端」で見る海だと思うことにした。

 この海の彼方に南波照間島という伝説の島があるらしい。その島影はやっぱり見ることはできなかった。
 

日本最南端の空港

 普通は観光コースではないのだが、飛行機ファンの一人として行ってみたかったのが波照間空港だ。島の北東部にあって、これもまたもちろん「日本最南端の」空港と呼ばれている。滑走路長は800mで幅は25m。

 2008年に石垣便が廃止されて以降、定期便は運航されていないので、現時点では一般人が利用することは難しい。それでもこの空港は現役として運用維持されていて、赤瓦葺きターミナルの建物も綺麗で立派だった。旅客便を運航するとしたらATR42-600やDHC-8-Q400では無理で、もう一回り小さいDHC-6やドルニエ228が必要そうだ。便利かどうかはともかく、空から波照間島全体を眺めることが出来たらな、とは想像してしまう。
 

人より多い(かもしれない)ヤギ

 波照間島を自転車で走っているとやたらにヤギに出会う。同じく自転車に乗った観光客以外に、島人には滅多に出会わないが、ヤギの方が圧倒的に出会う率が高い。実数がどうなのかは知らないのだが。

道路上の日陰で休むヤギ

 島の南を東西に貫く比較的大きな舗装路にこうしてヤギが佇んでいた。冬至が近いとはいえ、日本最南端とあって日中の日差しは非常に強い。ヤギたちも日陰で涼んでいるのだろうか。恐る恐る近づいても気にする気配はなく、とても人慣れしていて写真は撮り放題だった。ヤギかわいい。
 

草を食むヤギ

 大抵のヤギは畑のそばとかの草地にいて、長いリードでつながれており、ちょっとしたミステリーサークルみたいな模様を作っていた。それにしても何という長閑で美しい風景だろうか。
 

集落

 八重山の島々はどこもそうなのだが、集落は島の中心部にあって、波照間島もそれは同じだ。基本的に平らな島なのだが、集落のある中心部は少し高くなっている。

 島を3/4周くらいしたところで、電動自転車のバッテリーがほとんどなくなってしまった。電動アシストが切れたらただの激重自転車になってしまう!と、焦りながらエコモードでだましだまし自転車を走らせ、集落のある高台まで登ってきた。

集落の石垣とシーサー

 八重山の典型的な古い民家の造りだとシーサーは屋根に乗っていて、左右の門柱に2頭いることはあまりないみたいだが、この家は素焼きのシーサーが2頭いた。

 集落の中はこうした小道が縦横に走っている。フクギとブーゲンビリアとハイビスカスや、その他いろいろ草木に囲まれた集落の雰囲気はとても風情があって、ぐるぐるとあてもなく歩き回ってみた。
 

波照間の売店

 観光客向けというよりは地元向けっぽい小さな商店。そしてその前の路地を郵便配達のバイクが走り抜けていく様子に、この島の日常をほんの少しだけ窺うことが出来る。そしてここにも自動販売機がある。残念ながらこれは「最南端の」という称号は得られていないわけだが、こっちはこっちで生活感があってとても良い。
 

波照間中学校のヤギ

 小学校と中学校の前を通りかかる。もちろん敷地内は部外者立ち入り禁止だ。この日は平日だったし、恐らく授業をやっていたのだろう。記録のために門だけ撮っておこうとファインダーを覗いたら、ヤギがこっちを見ていることに気付いた。そうか、学校にもヤギはいるのか。番犬ならぬ番ヤギ。やはり人の数より多いのではないだろうか?

日本最南端の城跡:下田原城跡

 波照間島は古い遺跡や史跡もたくさんある。中でも日本最南端の城跡、下田原城跡に行ってみた。100名城スタンプは押せないが城跡好きとしては外せない。

ぶりぶち公園となっている下田原城跡

 城跡は「ぶりぶち公園」と名前がつけられていて、看板とベンチが置かれているが、基本的には管理されていない荒れ地という感じだ。それがかえって廃墟感を際立たせている。

 無人で風と波の音しかしない、うち捨てられたかのような城跡に佇んでいると、この島の歴史はまったく知らないのに、不思議とロマンを感じ心が落ち着いてくる。
 

下田原城跡から海を眺める

 琉球石灰岩で積まれた石垣が所々に顔を見せている。下田原城は島の北側にあって西表島や石垣島の方を向いている。この立地には琉球王国支配時代含めてもちろん意味があるのだろう。この城を作った人達は、ここから見える景色を美しいと思っていただろうか? あるいは海の向こうからやってくる何かを恐れていたのだろうか?

 1500年以上前から人が暮らしていた波照間島の歴史は、日本本土はもちろん沖縄本島とも全く違うのだろう。おそらく八重山諸島の他の島々とも違うのかもしれない。青い海と白い砂、日本最南端のあれこれ、集落の様子とも違う、もう一つの波照間島の顔がここにあるような気がする。
 

荒波に揉まれて石垣島に戻る

 ということで、丸一日かけて島を巡り夕方の船で戻ることにした。もちろんもっとこの島の隅々を体験するには泊まるべきなのだろうが、そうするだけの心のキャパがまだない。それはまた次に呼ばれたときにしよう。島の泡盛を飲みながら満天の星空を眺めるのは次回の宿題だ。

海の向こうに見える中御神島

 なおこの日は本当に天気が良くて、島の北側には終日西表島が見えていた。そして西の方にも小さな島影をみつけ、その時はてっきり与那国島だと思い込んでいたが、さすがにそうではなかったようだ。

 Googleマップなどをちゃんと調べると、見えていたのは波照間島と与那国島の間にある中御神島に違いない。切り立った岩礁に囲まれた無人島であり、釣りやダイビングの上級者が訪れるようだ。
 

小さな船

 行きの船は思ったより大きな船でほとんど揺れなかったのだが、帰りの船はとても小さく、黒島に近づくまでの間非常に激しく揺れた。幸い酔い止め薬が効いていたのか、船酔いにはならず純粋にアトラクションとして楽しめたが、なるほどこれが波照間島へ至る有名な荒波か…… と、体験できたことがむしろ少しうれしかった。

 こんなに穏やかな日でもこれだけ揺れるのだから、運航可能ギリギリの悪天候だとどうなってしまうのか?ちょっと想像がつかない。
 

波照間港の防波堤

 このブログの文章全体にわたって滲み出るような変なテンションだったのは事実なのだが、それで実際に行ってみてどう感じたかと言えば、月並みな言葉だが「本当に良かった」と思う。そこは初めて見る景色ばかりだったのに、想像していたとおり、期待していたとおりの場所だったと感じている。

 事前の空想の中では、どこかのビーチに腰を下ろし、そのまま何時間か音楽を聴きながら本でも読んでいよう、とか思ったりもしたのだが、結局じっとしていることなど出来ず、自転車を走らせまくり島をぐるっと一周した。

 それは典型的な観光ルートの表面をなぞっただけのようでもあるが、それでも十分に日本最南端の空気を味わうことができたと思うし、「呼ばれた」と感じていた気持ちを納得させるには十分だった。

 しかしこれで満足して終わりではない。呼ぶ声は消えるどころか大きくなっているような気がする。またいつか戻ってこなくてはならない。必ず。

2023年11月 八重山諸島の旅 関連リンク


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